鮭いおぼやと古環境 天地語あめつちごな都岐沙羅つきさら  中村直人氏寄稿

太古に天を仰ぎ地を掛け巡りながら渡り着いた日本列島への原住民は、その後2万年を経て私達にまで繋がっています。
その間に刻まれた生活の証しを言葉の伝承と共に、いつしか地名の読みに反映させて今に伝えています。
その悠久の変遷を経た天と大地と源流 生活の伝承遺産を厳選した「天地語あめつちご」と称し、
古環境を想い 描きながら創造発掘的に読み解いてみたいと思います。

鮭いおぼや天地語都岐沙羅

鮭いおぼやと古環境 天地語あめつちごな都岐沙羅つきさら

読み解きの手助けとなってくれるのは、現在の日本語よりも
古語を残す「アイヌ語」や「古朝鮮語」といった東アジアの 先輩言語です。
北方ユーラシアを経由してきたといわれる 祖先の生活意識が、
短い基本的な”音おん”とともに文字の背後に鮮やかに潜んでいることは歓喜に堪えません。

<アイヌ語のなかの「天地語あめつちご」>
[川、沼、湖] ―ペッ、ナイ、シン、トゥ、ツゥ、ガッパ
[水、湿地] ――アクァ、アッカ、ワッカ、ウォル、サル、ニタッ
[泉、飲む・水] ――スンズ、ク・ウォル(→クァ、クォ)
[浜]――ウタ、オタ、ヌタ、[入江]ムイ、モイ、[入江浜]ウスサ
[岸]――ヤプ、ヤト、パッ、サパッ、[陸]リィ、ムトナ
[谷、大地]―タン、[岬]エトゥ、イト、[崖]ピラ、[滝]ソー、ショー
[東]――アス、[西]シマム、スマム、[海]アトゥイ
[日のかみて]――テュプ・カ、[日のしもて]テュプ・ポク
[風]―マウ、レラ、[波、急流]チュウ、チュウヌ
[流れ]モン、モム
[川の落合うところ]――プッ、[前に開けた]サン
[草]――キナ、[藪]ムツ、[漁区]イウォル、[端]カタム
[頭]サパッ、[鼻]パナッ、[喉]ノッ、[耳]キサル、[尻]オッ
[船、舟]―フィナ、フィラ、チブリ、[船着場、泳ぐ]マ

<古朝鮮語のなかの「天地語あめつちご」>
[川]――ゲン、ガン、ガッパ、[泉、沼]ヲル、[湿地]カツマ

<西洋由来を連想させる「天地語あめつちご」>
[水]―Waterとウォル、Aquaとアクァ、[東]Assuとアス(ズ)

□都岐沙羅つきさらを読み解くと‥‥
ここ北越後の荒川以北地域は古くから”岩船”と呼び 称されていますが、
日本書記の万葉仮名表記には”都岐沙羅”という表わし方も見受けられます。
この違いは、いったいどこにあるのでしょうか。
幾多の古環境の研究などから現代の海岸線より高い海水準の時代が6500年前頃から始まり、
徐々に現代の水準にまで降下してきたとされています。
なかでも縄文 海進(BC4500年頃)と平安海進(700年頃)と呼ばれる時代は、
現代よりそれぞれ[+3~+5m]、[+2~+3m]高かったと推測されています。
河川水と海水が混じりあう汽水域と呼ばれる範囲を、
等高線などから推測してみるとこの地域では右図○の ように三箇所浮かび上がってきます。
そのうちの二箇所は1802年測量の伊能図にも描き残されているようにその存在が明らかといえます。
平安時代に万葉仮名が考案されて、各地の産物や地名が書き取られた際に現地での細密な聞き取りから、
連綿と営まれた語彙が詳細に盛り込まれたことが幸いし たといえます。
それぞれは、次のように書き写されたと推測できます。
オォ・トゥ・キサル―深い・沼(湖)・耳型の―――→大月
サン・トゥ・キサル―前に開けた・沼(湖)・耳型の→山居*1
トゥ・キサル―――沼(湖)・耳型の――――→都岐沙羅

□岩船いわふねとは‥‥
岩船のいわれは、岩(石)の舟に乗ってこの地に辿り着いたとされる饒速日命にぎはやひのみことを祀る石祠や
大和朝廷の築いた磐舟柵いわふねのきが由来とされています。
ここではその故事に登場する事柄でさえ、
イウォル・ピラ―――漁区・崖―――――――→磐舟と読み解くことができます。
魚溜まりの地とされる場所で は、特別の意味が込められたと想われます。
イウォル・サパッ――――漁区・岸―――――→岩沢
イウォル・ク・トゥ・ルゥ――漁区・飲む・川・路―→岩崩
イウォル・ノッ・サパッ――漁区・喉・岸―――→岩野沢
ク・ウォル・イウォル・ウタ―飲む・水・漁区・浜―→小岩内
この資料の表題に至っては特産品と強く結びつき、
イウォル―――――漁区(=鮭)――――→いお、ヨー へと特定昇華したのではないかと想われます。
続編ではこの地域で営まれ愛まれた有用地形を発掘 散策してみたいと思いますが、
読者の方々もご一緒に いかがでしょうか。
*1)山居さんきょは山院の隠居場からともいわれています(大場喜 代司氏談)

『日本の地名散歩』大友幸男著、三 一書房1997
『地名と世界地図』21世紀研究会編 『アイヌ語イラスト辞典』知里高央・横山孝雄、蝸牛社1987
『新潟県の地名』野島出版1996 『国土地理院2万5千分1地図2002.4』
※上記書籍を参照していますが、想像の翼を展げた滑空の状態でので、
読者の方からの客観的で親身な着地点を歓迎する次第で す。m(_ _ )m